自由

by 來花


 先ほど、僕が焼いたアップルパイを頬張る悟空が僕を見上げてため息を吐くように不満を漏らした。
「なんで、八戒は、悟浄が女遊びするの許してんの?」
 旅の途中で立ち寄った大きな街に数日間も滞在することになった僕らは思い思いの行動に出た。悟浄は悟空が言うように女遊びをしに街へ。三蔵は取れた宿の自室で昼寝をしていることだろう。僕と悟空は、と言えば、悟空にせがまれるがままに作ったアップルパイを持って数日間、泊まる宿の部屋で二人でおやつの時間と言ったところだろうか。
「なんで、でしょうかねぇ…あれが悟浄の息抜きじゃないですか」
 そう、僕が彼に拾われてから。その前からの彼の習慣であり息抜きともいえることだろう。
 それは、僕が彼の恋人のような立ち位置になっても変わることはなかった。
「ふぅん…俺にはあれのどこがいいのかわかんね」
「はは、悟空はそうでしょうねぇ」
「寂しく、無いわけ? 俺ならどこにも行ってほしくはないけどなぁ…」
「寂しいですよ? でも、それがないと悟浄じゃないでしょう?」
 もし、彼が女遊びをやめたとしてずっと僕と一緒に居てくれるのなら。それはそれでお互いに息が詰まるだろうし、そんな甘い関係になったつもりもない。
「でも二人ってぶっちゃけヤってんじゃん」
「…っ」
 悟空の口からそんな言葉を聞くとは思ってなかったので口に仕掛けていた紅茶を吹くところだった。噎せそうになる呼吸を隠しながら苦笑交じりに悟空に言う。
「ヤってますけどね、そんなのたまに、じゃないですか」
 そりゃ僕にだって性欲というものは存在しているのだから抱きたいときはありますよ。それでも、悟浄の体調やらを考えたりしているから回数は少ないだけで。別に、体の関係なんてなくてもキスとか、抱きしめられればそれで満足しているような現状ですから。
「…なぁ、八戒」
「はい」
 四分の一ほど残ったアップルパイを目の前にして悟空は先ほどの大人びた空気をどこかにやってしまったらしくよだれを垂らしながら言った。
「これって、三蔵の?」
「ええ、そうですよ? もっと食べたかったですか?」
「うん」
 よく食べる悟空の事だからそれだけで足りるとも思ってなかったから僕は快くそのアップルパイを三蔵と分けることで持って行ってもいいということを示したら、悟空は目を輝かせて早速とでもいうように皿を持ち上げて部屋を出て行ってしまった。全部。
 まぁ、元から悟浄は甘いものが苦手なので計算して作っていないのですけど。
 一人きりになった部屋の中で読みかけの小説を開いて続きを辿り始める。
 するとすぐに部屋の扉が開かれたので、悟空が何か忘れ物でもしたのかと顔を上げた、ら。
「お帰りなさい、悟浄」
「タダイマ…」
 浮かない顔で僕を見ている悟浄を見上げたら、悟浄は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
「八戒ってさ、俺が浮気してても何も言わないよな」
「ええ。だって貴方だって誰かを抱きたいときくらいあるでしょう?」
 いつだって僕が悟浄を抱いてきた。悟浄はそれを受け入れてくれるから。
「…抱いてねぇよ」
「え?」
「八戒が俺のこと好きだって言ってくれるから俺、すっごく嬉しいのに、八戒ってば束縛してくれねぇんだもん。俺が外に遊びにいったって行ってらっしゃいって見送るしさ?」
 初耳だ。手にしていた本を机に置き悟浄に近寄る。触れようと伸ばした手から悟浄が逃げた。ものすごく傷ついた顔をして僕から逃げた。ふわふわと舞った紅の髪を捕まえた。
「愛ってさ、好きってさ、結局わからねぇんだもん。そりゃなんとなくはわかるけど、ちゃんと俺に分かるように示してくれなきゃ、わかんない」
「貴方はどんな風に愛してほしいんですか?」
 僕だって本当は、遊びに行くという悟浄を押し倒してベッドにでも括り付けて逃れられないように捕まえておきたい。手足をもいで僕だけが貴方を支配して、貴方は僕無しじゃ生きられないように、してしまいたい。だけれど、それをすると貴方は貴方じゃなくなってしまいそうで、僕の良識的な部分がそれを押しとどめてしまって。でも、僕がどこまで貴方を縛ってもいいのか解らなくて。だから、貴方とは付き合う以前のままの立ち位置なのだろう。
「もっと縛って。俺が遊びに出掛けに行こうとするたびに殺されそうなくらいに嫉妬して。俺を離さないで」
「でも…貴方そう言う重いのは」
「重たいくらいの愛じゃなきゃ、俺はわからない」
 僕をまっすぐに見つめる悟浄は縋るような目をしていた。
思わず髪を引っ張って痛みに顔をしかめた悟浄を抱きしめた。僕のせいで痛みを感じる悟浄のその表情に感情が高ぶる。
「お前の、その顔好き」
 そう言って僕に口づけてきた。
「俺のことだけしか見えてないって、殺しそうな目して俺だけを見てる。なぁ、普段もそれくらい」
「束縛、して欲しいんです?」
「うん」
 些細なことでいいのかもしれない。悟浄が言う「殺されそうな目」をしている僕を見つめる悟浄はうっとりと表情を蕩けさせている。
「じゃあ、悟浄。今日はもう、この部屋から出してあげませんから」
「うん」
 これから何をされてどんな理由で部屋から出られなくなるのかをわかっている悟浄は嬉しそうに微笑んで僕に口づけた。

(結局、自由って何?)



【END】