焦らす

by 來花


 よく、眠る人だなぁ。と思いながら眉間に皺が寄った寝顔を見下ろす。確か昨日は日付が変わる頃に帰ってきて、僕の作ったご飯を食べて眠りについたはず。その時点で1時を超えていたんだけれど今はその時計の短針が一周回ったお昼過ぎ。約12時間も眠っているわけですが。本当によく眠る。

 それが、今日のお昼の話。最近の僕は日が変わる前や悟浄が返ってくる前に部屋に引っこんでしまう。なんでかって、そりゃお酒を飲んで帰ってきた悟浄の色気に当てられて事に及んでしまわないようにと気を付けるためだ。
 あの人は気づいていない。自分が持つフェロモンに。お酒が入ることによって紅潮した頬に、僕だけだといいのに、なんて思うほどに油断した表情で微笑むから本当に押し倒したくなる。
 悟浄の無神経さに僕の心は掻き乱される。

 今日も、今日とて先に部屋に引っこんでしまおうかと思った矢先に玄関が荒々しく開かれる。その乱暴さに悟浄が帰ってきたんだと知る。今日は会ってしまった。
 無言で部屋に入ってきた悟浄の頬は紅い。随分と飲んできたようだ。これは悪酔いしてそうだなぁ…。
「八戒がいる…」
「ええ、お帰りなさい」
「タダイマ」
 帰ってきた悟浄に差し出したのはコップ一杯の水だ。これで少しでも酔いが醒めてくれたらと願う。
「晩御飯、どうします?」
「ん…食べる」
 こんなに早く帰ってくるということはそんなにつまみも食べてないんじゃないだろうか。でもその代わりにお酒はたくさん飲んでいそうですけど。再び僕はキッチンに行って料理を温め直す。
 悟浄は僕の料理をおいしいと言って食べてくれる。同居して二年経った今では悟浄は僕が机に置いておいたメモ書きに一言、残して行ってくれる。それを次の日の朝に読むことがどれだけ僕の楽しみになったことか。
「……悟浄?」
 ふと、悟浄の気配を感じたと思ったら腰を抱かれた。酒気を帯びた息が僕の耳元をかすめる。泣いてるんですか?
「なんで、最近、先に寝ちまうの」
 少し呂律のまわらない言葉が小さく紡がれるがそれを僕の耳は逃しはせずに聞き取ってくれた。ぎゅう、と腰に回された腕が締まる。
「それは…」
「お前が起きてるうちに帰ってきたいのに、どうやって早く帰ってきてもお前は寝てるし、だから毎日早めて帰るんだけど、いっそのことずっとお前と居たいんだけど、生活費の収入源の一つだし、止めるわけにもいかねぇし」
 すり寄るように悟浄が僕の肩に額を乗せるから、悟浄の匂いに混じって女性物の香水の香りがして。それだけで体が反応しそうなぐらいには飢えてる。
「久しぶりに…お前にあったような、気がする」
「そんなわけないでしょ、昼間はいつも顔を合わしてんですから」
「そう、だけど…」
 やっぱり声が弱い。泣きそうなんじゃないだろうか。
「だって、お前…昼間はキスすらしてくれねぇじゃん…ものたりねぇよ」
 火にかけていた鍋の火を一旦消して、悟浄の腕を撫でた。
「悟浄、顔見せて?」
「やだ、絶対情けない顔してる」
「貴方のその顔を見せてほしいんですよ」
 物足りないと、僕と同様に飢えている悟浄は腕を緩めてくれたから僕は振り返って悟浄の頬を両手で包み込んだ。本当だ。情けない顔をしている。可愛い。普段の気取った表情でも悟空とじゃれるような子供じみた顔ではない、本気で拗ねている。その下を向いたままの顔を上げてもらうべく額にキスをした。そう言えばこういうキスも久しぶり。
「やっと、見せてくれましたね」
 今にも泣きそうな、顔で僕の顔を窺い見て。頬が紅潮していて目も潤んでいるからこのまま襲ってしまいたい衝動に駆られているんだけど、もうちょっと堪能したいなぁ、とか思って。
「悟浄、寂しくなったんですか?」
「……」
「答えてくれなきゃわからないですよ?」
 僕の方からも腰を抱いて下半身を密着させるようにする。
「寂しいよ、俺だけがお前の事を一方的に好いてるみたいで、寂しくて、辛くて」
「辛い?」
 僕は寂しいとは思いはしたけれども辛いとは思わなかった。もしかしたら僕はこの人との恋愛に少し冷たいのかもしれない。
「だって、お前は俺に触ってくれねぇし、俺の方、みねぇし…俺の、事、嫌いになったんじゃないかって」
 涙腺が崩壊寸前なのが解るくらいに目元に涙を浮かべて、唇を戦慄かせて。可愛い。というか少し、反応した。そんなの悟浄にも解っちゃっただろう。
「ねぇ、悟浄? 嫌いになった人に対して勃つほど僕は人を好きではないんですけど、どう思います?」
「…嬉しい、かも」
 明らかに羞恥で頬を赤らめた悟浄の頬にキスを散らす。
「僕ね、貴方が帰ってくるたびに襲っちゃいそうなんですよね」
「は?」
「お酒を飲んだ貴方はとても魅力的ですから。毎日でもやりたいくらいなんですけどね、そんなの貴方だけがそのうち辛くなっちゃうでしょ? だからそうならないように、と思って部屋に引っこんでるんです。あ、引っ込んでるだけで寝てはいないんですけどね?」
 バッ、と僕の顔を見た悟浄は寂しいと拗ねた顔ではなくて怒りで拗ねた表情を僕に見せた。その唇に軽く自分のそれを押し当てる。
「寂しい思いさせちゃったんですねぇ…」
「お前…」
 今度は怒りで唇を戦慄かせちゃって、可愛い。
「なんだよ…一人で考え込んで、酒なんか自棄になって飲みまくって、そうやって寝てたのに、何だよ…」
「ふふ、嬉しいです」
 反応しきった下半身を悟浄に押し当てる。
「てん、め…!!」
「ね、悟浄。ご飯の後でもいいですからやりましょう?貴方のしてほしいこと全部してあげますよ?」
「……」
 ね、こうしてたら貴方も反応してくれてるじゃないですか。飢えてるのはお互い様でしょう?
 ダメ押しでキスをした。ねっとりと唇を舐めあげて重ねて角度を変えて、悟浄が息を喘がせたのを見計らって悟浄の唇を舌でつつく。貴方、これ好きですもんね。飢えた悟浄は唇を薄く開いて僕の舌を迎え入れる。歯列をなぞって、悟浄のハイライトの味、今日のんできたビールの味を味わう。歯列や歯茎だけしか舐めなかったからか焦れた悟浄は自分から舌を絡める。可愛いなぁ。
「ふ…ん、ん」
「ん…」
 酸欠で目の前がくらくらするくらいになってようやく離れた僕らはお互いの瞳を見ていた。
「はっかい…飯、いらねぇから、もっと、シタイ」
「もっと? どれくらいもっとしたいんです?」
 ガチガチとはまでいかないが完全に反応を示した下半身を悟浄が僕に擦りつける。このままでも、イケそう。
「んっ…お前ので、ナカ、ぐちゃぐちゃにされたい。気持ちよすぎてトぶくらい、いっぱい」
 腰を擦り付けるのをやめさせて額にキスをしてあげてから言う。
「悟浄、寝室へ行きましょうか? いっぱいしてあげますね?」
「ん…」
 恥ずかしそうに首を縦に振った悟浄の腰に腕は回したまま歩き出す。
 さて、久々の蜜事とでも行きましょうか。



【END】