死ぬのなら幸せな今がいい

by 來花


 肌を重ね合わせて八戒の愛情を全身でこれでもか、というほどに受けてガラにもなく疲れ果てて八戒の腕の中で眠って。気が付いたら八戒が俺を愛してくれている優しい眼差しを受けながら目が覚めて、「大丈夫ですか?」なんて聞いてくる。
「ダイジョーブ」
 もういつしたかなんて忘れるくらいに回数を重ねてきたのにいつまでもそう聞いてくれる言葉にも愛を感じながら髪を梳く手に目を細める。
 体はすでに清められて、違和感だけが事後の余韻として残るばかりだ。もう今夜はもっと、なんて強請れない。明日も早いし、八戒の睡眠時間を削るわけにはいかないから。
「幸せです」
「幸せ? 何よ唐突に」
 性的なそれを一つも感じさせないキスを俺の顔や髪、肩なんかに散らしながら八戒がより一層強く腕を俺に纏わせてくる。少し低い体温に安心するようになったのはいつごろか。少し寂しいと感じる夜でさえこの腕に抱かれさえすればそれだけで満たされる。
「大切な人が腕にいて僕の心を受け入れてくれて、明日も一緒に居られる。そう思うだけで幸せだって思えるんです」
「……そんなに?」
 着衣の上からではそんなに感じられない厚い胸に顔を埋める。汗臭いけど八戒の匂いがする。余韻を残したままの体が熱くなりそうだ。
「ええ。たとえ貴方がこの先の旅の中で死のうとも死に目にはあえますし、亡骸とて僕が埋葬してあげられる」
 そう言って俺の背を撫でる八戒の背に腕を回した。こうやって自分から八戒を抱きしめればさらに安心で心が満たされる。
 八戒が言う言葉の端々に姉であり恋人だった花喃さんの経験から来る言葉や感情が読み取れる。でも、その言葉お前が言うと俺はシャレにならないくらい死にたくなる。
「じゃあ、今死にたい」
「…どうして」
 怒りで言葉が凍てつくみたいに冷たくなる八戒の声に鳥肌が立つ。
「幸せな時に死にたい」
 胸が苦しくなって息苦しくなるほどに八戒の愛を感じるときが一番の幸せだ。だから今死にたい、八戒の目の前でこいつが望む形で、俺を看取って、幸せな顔して死んでいく俺を。
「幸せな瞬間に意味も解らず死にたい。明日、明後日にも幸せはあるだろうけどそれがほんとに俺の望む形で来るとは限らないから、いらない。今、殺して」
 いつか、望んだ。殺して、神様。と。その時は辛くて辛くて、絶望しきっていたと思う。でも、違う。今は幸せ、だから今死にたい。
「僕が、貴方に幸せだと感じてほしい。それが貴方の望まない形であっても」
「八戒がくれるもの、八戒がくれる幸せはどんな形でも俺は嬉しい」
 昏い表情をした八戒に口づける。八戒を愛することで凍てついた心を溶かした花喃さんはどれだけ八戒のこの表情を見ただろうか。いや、八戒にこの感情を植え付けたのは花喃さんだ。それならば少しは見ただろうから。でも、いつだって揺さぶりを掛ければ見れるこの表情は俺だけのもの。ちょっとした優越感だ。
「悟浄…」
 不安げに揺れる瞳を俺に向ける八戒にもう一度、口づけた。今は死にたくない、と思うから。だってこんなにも八戒が俺を欲して愛してくれるんだから。もっと、こいつの隣で。
「でもそれは今じゃないかもしれない。いつかはわからない。結局死ぬってそんなもんだろ?」
 口角を少し上げて見せれば八戒の表情が和らぐ。その顔も好きだから、まだまだ足りない。
「望むなら、こうやってお前の腕に抱かれて死にたい」
 それは確実に思うんだ。
 きつくきつく抱きしめてくれた八戒が言う。
「死ぬ瞬間は絶対に居てあげますから」
「うん、嬉しい」
 背中を撫でる八戒の手に眠りを誘われて目を閉じる。
 ああ、この瞬間だけを夢見ていたい。そして、今この瞬間に死にたいと強く願った。

(どうか明日も腕の中の体が温かくありますように)



【END】