voice lecture
by 秋陽「…あなたが好きです…」
二週間くらい前、心地いいまどろみの中であいつの声が聞こえた。
それも俺が伝えることを躊躇っていた言葉で、うれしいって感情より先に都合が良過ぎると思った。だってそうだろう? 好きなヤツと両想いなんて今までの人生を鑑みたらありえないことだ。ましてや俺と八戒は男同士な上に俺自身、女好きでとおっている。だから夢だってことにした。でも、これがもし、夢じゃないなら…
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ソファーに寝転がりながらリビングの掃除をする八戒の姿を悟浄は気づかれないように目で追う。あれ以来、妙に意識してしまいギャンブルで生計を立てる者としてはありえないほど、露骨に不自然な行動を繰り返していた。まるで、初めて恋をした子どものような心境でどうにも調子が狂っていたからだ。そんな悟浄を不審に思った八戒はつい先日、何か悪い病気ではないかと医者に診てもらうよう言った。しかし、医者がどうにかできるものではないことを悟浄本人が承知しているため拒んだ。結果、飲み物とは言い難い色をしたお手製『栄養ドリンク』を飲まされトイレとお友達をする羽目になった。思い出しただけでまた腹痛に襲われそうになり溜息をつく。
仰向けになり天井へ視線を投げれば、いっそうのこと白い目を向けられるのを覚悟で夢の話をしてしまおうかと考える。ふだんは、ニコニコと笑みをたたえて絵に描いたような好青年でいるが、いったん怒らせると突き刺さるような鋭い目つきに変わる。あの目つきを向けられるのかと思うと、何度となく肝を冷やしている悟浄は憂うつな気分になる。
「人を目で追ったり、溜息ついたり、おまけに百面相したりなんなんですか?」
脳みそをフル回転させている間に掃除は終っており、代わりに困惑気味な八戒の声が聞こえてきた。寝そべりソファーを陣取っていた悟浄をコーヒーの入ったマグカップを二つ持ってのぞき込んでいた。心臓が跳ね上がるほど驚き、数秒固まってから口角を上げて無理やり笑顔を作る。
「い、いつの間に掃除終わったんだよ」
「そうですね、あなたが溜息ついたあたりにはもう終わってました」
大の男が表情をころころ変えている状況なんて想像するだけでものすごく滑稽だっただろう。恥ずかしさで頭を抱えたくなるのを我慢して体を起こし右側による。八戒はソファーの空いた場所に座ってカップをさしだす。うな垂れながらもまだ湯気の上る自分のカップを受け取り、とりあえず一口飲む。香ばしい匂いとコーヒーの苦味が口内に広がり一応の落ち着きは取り戻した。すぅーっと横目に八戒を見れば相手もまたコーヒーをすすりながら、こちらに視線をよこしていた。悟浄は再び無理矢理の笑顔を作ると八戒の呆れたような表情が映った。
「慣れてきたとはいえ、最近のあなたの挙動不審な行動の理由をいい加減教えてもらえませんか?」
深いため息と一緒に出てきた質問に居心地の悪さを感じ、はぐらかすのはもうできないと悟った。
――――どうにでもなれ!
意を決して相手の方をむいて口を開いた。嫌われるのも、気持ち悪がられるのもこの際仕方がないと開き直り夢の中で聞こえた声の話をした。ついでとばかりに今まで仕舞い込んでいた思いも洗いざらいぶちまけた。女を口説くみたいにうまいこと言葉もそれらしい雰囲気にすることもできず、まったくもって不甲斐ない。こんな必死になって格好なんてつきやしない。本気で惚れているのだと改めて認識してしまった。
「つーことだ。それからここまで聞いて勘づいちゃいると思うが俺お前のこと好きなんだわ。あーけど、あくまで俺の感情だからどうこうなりたいとはっ!!」
早口で話す言葉を遮るように八戒が悟浄を押し倒す形で口を唇でふさいだ。手からマグカップが落ちるのは阻止したが、唐突な出来事にただキスをされているのだという状況のみ理解した。しばらくすると息苦しくなってきて背中を叩く。
「あの…えと、えーと、その…すみません」
慌てた様子で唇を放されるとものすごく狼狽えており見ているこちらが居たたまれなくなってきた。
「まさかとは思っていましたけど、聞こえてたんですね。……僕でいいんですか? 自分で言うのもへんですが、僕、けっこう独占欲強いですよ?」
「良いも悪いも好きだっつってんだろう。で、俺だけに言わせんのか?」
悟浄はガラにもなく顔を赤く染めて八戒の頬に触れる。自分でも驚くほど穏やかな表情をむけ、聞かなくたって分かっているが、やはり本人から直接聞きたくてややすねた言い方をした。お互い見つめ合う状態になってしまい、どちらからともなくクスクスと笑い出した。
「かないませんね。好きです、僕だけしか映さないようにしたくなるほどあなたが好きです」
少しばかり物騒な事柄は今は無視して満足そうに今度は悟浄からキスをした。